チーム理念

週末1/4 ルール

本クラブの最大の特徴は練習時間、週末1/4 ルールにあると思います。
つまり週末の練習は基本的に土曜、日曜の午前か午後のみ(大会前、練習試合の日は除く)であるということです。

私は現役の医師として“野球肘”という病気に5年ほど携わってきました。
これは小学生から中学1年生くらいまでの肘の骨がまだ出来上がっていない子供にしか起こらない病気です。これには4段階くらいあって、1段階では投球の禁止でほぼ完全に復帰可能なのですが完全に治るには比較的長い期間の投球禁止が必要です。また無理をさせて進行させると野球を断念しなければならないばかりか成人しても骨の変形が残ります。

私が勤務する大学病院ではすでに2段階以上まで進行してしまった子供がよく紹介されてきます。2段階以上の子供でもこんなに多いのであれば、1段階やあるいはその予備軍はつくば市、およびその周辺地域にその何倍も潜在的にいることでしょう。

無論原因は“投げすぎ”にあります。

これは野球に限ったことでなくどのスポーツにも言えますが、少年スポーツはとかく親が過熱気味で目の前の結果に影響されすぎる傾向があります。しかし子供たちの本当の勝負は体が完全にできあがってから、すなわち中学生以降(野球の場合)にあると考えています。そのため少年(小学生)野球の役割はそれにつなげていくための基本動作を身に着けさせることにあると思っています。

無論強くなればそれはうれしいことです。しかし彼らは人生のスタート地点にたったばかりで今から様々な試練を乗り越えなければなりません。そういった意味で結果的に2勝3敗くらいのチームでもよいか、とも一方では考えています。
練習試合の頻度も抑え気味に、また大会への参加も一季1-2大会ほどと考えています。

2つ目の理由ですが、おそらく我々以外の野球クラブのほとんどの野球少年は土日朝から晩まで野球づけになっています。当然他チームの方針に関して私自身はコメントする立場になく、またむしろ丁度ここが我々のチームと他チームの棲み分けになるとすら考えています。
ここからは私見ですが、私はこれらによりただでさえ減りつつある少年野球人口の裾野を狭めているような気がしてなりません。つまりサッカーの気軽さに比べるとはるかに野球は上記理由でその門戸を狭めているのではないかと考えています。実は“野球を気軽にはじめることができる”、つまりとっかかりをしやすくする、ということもこのクラブをつくった目的の一つであり、それも1/4 ルールに込められています。このように1/4 ルールには複数の理由が込められており、同時に少年野球全体の問題点につながっていると考えます。

3つ目の理由ですが、私の周りだけでなく、少年野球に対する親御さん(特に母親)のイメージは「野球は(いろいろと)大変だ」というものがありまです。これは少年野球人気が大きく低下した幾つかの要因の中でも最大の原因のひとつだと私は考えております。殆どのチームに、野球にしかない独特の(非効率な)ルール(義務)があります。 練習時の「お茶当番」、などはその最たる例でしょう。我々のチームももちろん大会時のお茶出しなど他チームにならって最低限の伝統的なルールは守りますが、このお茶当番を含め、少年野球界は非常に無駄が多い、と思います。

スポーツ少年団の特性上、全く親御さんの協力なしに少年野球チームを運営するのは不可能ですが、親御さん、特に母親の義務はできるかぎりミニマムになるようにすべき、と私は常に考えています。 究極的にはお父さん方は子供と一緒に汗を流したい時は練習の補助をし、試合の時は子供やチームを応援する。お母さん方は子供の送迎だけをやっていただき、試合の時はのんびりと息子(娘)やチームをお茶でも飲みながらゆっくり応援していただきたい、と考えております。

とはいえ相手あっての野球チームです。これらを完全にゼロにすることは我々だけの努力では不可能で、どうしても相手に合わせなければならない場面もあります。だからこのようなことはせめて週末1/4 で十分じゃないか、というのが3番目の理由です。

コーチングを専門とする筑波大学大学院生による指導

上記を読まれて強いチームを望む親御さんにとって少々不満を感じられるかたもいらっしゃるかもしれません。しかし我々は皆で仲良く野球を楽しむことだけが目的ではなく、むろんリーグに所属し、基本的に勝つチーム、強いチームを作ることを目指しています。
練習時間が1/4なら4倍、5倍工夫すればよいわけです。また必ずしも強いチームである必要はありませんが、ある程度試合で勝てなければ子供たちのモチベーションを保つ、上げるは難しいでしょう。

ではどうすれば強いチームあるいはよい選手が育つか。そのプランの一部が筑波大学との連携です。

筑波大学では野球コーチングを専門的に研究する学科があり、そこではもともと非常にレベルの高い野球選手が引退したあと大学院で系統的にコーチング学を勉強しています。

どの領域もそうですがコーチング学もむろん日進月歩で、概念や方法もどんどん変化していっています。

筑波大学は国立大学機構でめずらしい体育専門学群をもつ大学で、そのようなことを専門的に研究する組織が我々のすぐそばにあるわけです。

我々のチームはこの筑波大学コーチング学と連携し、基本的に全ての練習、試合に参加していただき、最新のコーチング学でチームを指導しています。また練習メニュー作成のみならず、大会や試合の選手選抜も大学コーチが行なっています。この方法では練習に無駄がなく、内容も洗練され、かつ最もフェアなチーム内競争に?がります。 他にも多くの利点がありますが、多すぎて書ききれない為、詳細はグラウンドで体験していただければ、と思います。

他にも筑波大学コーチング学と電通が中心となって開発した選手の能力を科学的に分析し、技術評価や課題の提示、あるいはそれらをモニタリングする“BSIP”も希望者には行っています。

とにかくよいと思ったものは試してみる“進取の気鋭”をモットーとしています。

罵声指導の禁止

罵声指導で生み出されるものは何もありません。それどころか成長期の子供の健全な心の発達に歪みを生じ、その歪みは後々まで影響する可能性すらあり、将に百害あって一利なし、と考えております。

それなのに指導者が罵声指導に訴える理由は恐らく「罵声をだすことで指導したつもりになる」あるいは「どう指導していいのかわからないので罵声をだす」のどちらかなのでしょう。

そしてなぜそのような人が指導者になれるのか、などに関しては「春日ビジョン」に記載しているとおり指導者ライセンス制度が大きく関係してきます。

野球をやってきた方には大変失礼ですが、野球がうまければ指導もできるという致命的な勘違いをしている方は山ほどいます。そしてそれが長年の伝統となって、今(跳ね返って)少年野球界の存亡の危機の元凶となってしまった状況が今の少年野球界の実態だと思います。

つまり日本の野球少年の大部分は「自称指導者」によって技術指導も練習内容の考案も、また野球肘などの基本的なメディカルの知識すらない大人によって「支配的指導」をうけるという私からすれば不幸としかいいようのない状態となっています。

春日学園少年野球クラブでは罵声指導を一切禁じています。それが可能なのは上記のように、指導の専門家(筑波大学コーチン学)が主となって指導しているからです。そしてそれは設立から5年たった今では完全に浸透しています。もちろん厳しく指導することはありますが、罵声とは質の異なるものです。

私は一日でも早く少年野球界から「罵声指導」が消えてなくなってほしいと切に願う者です。そしてこれがなくなるだけでも少年野球人気が復活する可能性が高くなると思います。 そしてそれほどこの「罵声指導」は罪深い、と考えています。

適度な試合数と厳密な球数制限による肩、肘の酷使防止

ネガティブなことばかりですが現実を更に直視しますと、現在少年野球では異常といって差し支えない数の試合、練習試合が行われています。

これをはじめて読んだ方は驚くかもしれませんが、年間100試合出場という子は全く珍しくありません。これは誇張でもなく純然たる事実です。これをまともな方がはじめて聞いたら異常だと思うでしょう。私も最初は冗談かと思いましたが、この5年の運営経験で現実であることがはっきりわかりました。

実際投手はいまだに2連投は当たり前で、さすがに3連投はめずらしいですが、何度か見たことがあります。もちろん一日(2連投、3連投)です。この場合300球前後、あるいはそれ以上投げていることでしょう。

体のある程度できた高校球児でも、甲子園での連投がようやく問題視されてきました。

しかし小学生は高校生に比べるともちろん全く体ができていません。

その「いつ壊れてもおかしくない」可能性がより高い少年野球選手のほうが実は高校野球よりも過酷な投球数を強いられている、いわば「無法地帯」となっているのが少年野球の現実です。

この投球酷使の問題に関しては2つの原因が考えられます。

ひとつはこれまた「自称指導者」の存在です。なぜなら練習試合は最も安易な「練習したつもり」になる練習法だからです。「練習」のやり方がわからない指導者ほど練習したつもりに走るのは無理のないことです。

更に自称指導者には正しいメディカルの知識がありません。知識がないから「どこまでが無茶なのかわからない」のです。

ふたつめは、少年野球界全体を蝕む「勝利至上主義」があげられます。

この勝利至上主義にも、私は真っ向から反対する者です。

もちろんチームで活動している以上、常に勝利を目指して活動しています。大会ではひとつでも上を目指しています。そして当然試合に負けると私もとても悔しい。勝ちにいく姿勢はチームとして活動している以上至極当前のことです。

ただ「何が何でも」あるいは「勝利が何に対しても優先される」という考え方に、私は反対します。

ブログなどを参照されるとわかると思いますが、我々は多少イニング間の関係で上下しますが、かなり厳密に試合での投球制限を行っています。

これは過去5年間で完全にチームに浸透したことですが、好投している投手であっても球数制限がきたら必ず交代させます。その結果逆転負けした試合も何試合もありますが、我々はその戦い方で負けたら仕方がないと割り切っています。実際試合は最初から1試合2投手で計算しています。

おおよその球数の目安としては、少年野球には「日本臨床スポーツ医学会」という医師の学会がだしている投球数の指針があり、私もこの学会員でありますが、この指針は少年野球の現状を全く反映しておらず、残念ながら現実ばなれしていて役にたちません。

ただこれを参考に我々のこれまでの経験の蓄積と併せて、

4年生以下50球前後、5年生60球前後、6年生70球前後、あとはこれに体格や経験などを加味しています。

これらを実行し、このチームの常識として浸透しえたのは、「少年野球に人生を左右するほどの大事な試合はひとつもない」と私自身が考えているからです。

繰り返しになりますが、少年野球は子供にとってあくまでも通過点です。

楽しく野球をはじめて中学、高校、大学、社会人と長く楽しく健康に、野球を楽しむ選手を少しでも多く生み出したい、ということがこの考え方の基本となっています。

その間逆の考え方が、少年野球の勝利至上主義になります。この闇は相当深く、とても我々のチームだけが頑張っても抜けられるものではありません。ただその中でも我々だけでもこれを否定し続ける姿勢を今後ともとっていきたいと考えています。

ノーサイン、ノーバント主義

これも我々のチームオリジナルの主義であり、これは恐らく日本でこのチームしかやっていないことだと思います。

我々は監督もコーチも、試合中細かな指示やアドバイスは送りますが、大人が子供にサインを送ったことはただの一度もありません。創部以来一度も、です。

一方子供たちが自主的に必要だと考えて、子供たち同士でやっているサインに関しては全く問題ありません。また自ら何とか塁にでようとしてセーフティーバントをやった子もいますが、これももちろん大拍手です。これらは何より自分(たち)で考えてやったことに価値や素晴らしさがあり、これらのプレーは指示待ちとは完全に対極の姿勢であり、賞賛に値すると思います。

少年野球とは本来楽しむものであり、そのベースは思い切り「打って守って走って」にあると考えています。

小学生のうちはこの3つを思い切りやればそれでよく、それにはバントやサインなどはそぐわない、と考えます。

折角まわってきたチャンス。お父さんやお母さん、チームメートの前でいいところを見せたい。でもそんなときに子供たちにバントを強要するのは不憫です。少年野球選手は思い切り3球振ってくればよいのです。

よく試合で1球1球投手が投げる前に打者が手で投球を制し、監督のサインを見ている他チームの選手を見ますが、私はこれが単純に嫌いだということも理由に挙げられます。 ただ理由もなく嫌いなのではなく、子供たちの「指示待ちの姿勢」が嫌いなのです。それは子供の責任でなく間違いなくそれを強要する監督(大人)らの責任です。

これに対して「中学になってから困るのではないか」という突っ込みがくるかもしれませんが、バントやサインを覚えるより、打撃や走塁を磨く、守備を極める、のほうがよほど時間もかかるし奥深い。当然のことです。

父母会設立の禁止

上記「週末1/4ルール」にも関連事項を記載しましたが、当クラブに父母会は存在しません。特に運営目標として可能な限り母親の負担を最小限にすることを掲げております。したがって父母会を設立する意味はないことになります。  厳密にいえば、現在母親の義務は2つあります。

1. 夏季の熱中症見守り当番:最近の夏場の気温は我々の幼少期と比べられないくらいの猛暑です。これに対して選手は小1も含まれますので、クラブの安全対策として熱中症見守り当番を行っております。これは母親、(または練習を補助している父親でも可能です)が練習中に気分の悪くなった子を一時的に介抱し、すぐその選手の父兄に連絡をしてむかえにこさせる、という当番です。ふたり一組になって練習の前半か後半の2時間を担当していただきます。ひと夏で2-3回まわってきますので、合計4-6時間の義務が生じます。

2. 大会時における審判へのお茶だし当番:すでに記載のように他チームと関連する時はある程度、地域で活動している少年野球の伝統は守らなければなりません。これは試合中に、4人の審判に母親がお茶を運んでいくというものです(母親限定であり、個人的にはコンプライアンスに問題があると思いますが)。 練習試合ではなるべくなくすように事前交渉はいたしますが、無論交渉ごとですのでうまくいくときばかりではありません。従って1は父親が代行可能な為、この2のみが当クラブでの母親限定の義務となります。

逆にいつの間にか母親たちが気をつかいあって母親間で仕事を作ってしまったケースが過去にありました。それはクラブの目指す方向ではありませんので、そのような事例は直ちにスタッフや監督に報告してください。

一方我々のチームでは父親の練習補助は積極的にお願いしています。野球経験は全く問いません(本当に全く問いません)ので、ぜひ週1回の運動不足解消と思って練習場にお子さんと足を運んでいただければ、と思います。

勝利至上主義の否定と勝ちにいく姿勢の奨励

われわれは勝利至上主義に真っ向から反対する立場です。勝利至上主義とは勝つためにエースが何百球と投げることです。もし怪我していても強行して出場させることです。つまり究極的にはその場でどうなってもいいから後先かまわず目前の試合を勝ちに行く、というのが勝利至上主義です。我々のクラブ目標は可能な限り故障させることなく上達させて中学野球に選手を送り出すことですので、当然このような考え方とは間逆の考えとなります。

しかし勝ちに行く姿勢は大いに奨励しています。というよりチームで活動している以上常に勝利を目指すことは当然のことと考えており、大会ではひとつでも上を目指して戦っています。ただ我々の目指す方向は上記とは似て全く非なるものです。あくまでもクラブが決めたルールの上で勝ちに行く、ということです。そのわかりやすい例が球数制限です。我々のチームは球数制限がきたら、たとえ大会の決勝で接戦をしていようともエースを交代させます。

更に言えば、チーム内ではシビアに競争(ポジション争い)をさせます。力がなければ大会に出場することはできません。選手選抜は大学コーチが私情を挟まず実力で、かつフェアにメンバーを選抜します。

我々の子供世代はAI 時代という我々すら全く予想もつかない時代を生きていくことになります。私はこのような中で生きぬくために重要なのは、「心の知能指数(EQ)」だと考えています。そしてこれはまさにいろんな競争から揉まれて学んでいく、はぐくまれて行くもの、と思っています。

人生に勝負はつきものです。これを避けて生きて行くことは残念ながら不可能です。というより私は人生(大小の)競争の連続だ、とも考えています。子供たちは勝ったり負けたりし、喜びや悔しさを経験し、そのみずみずしい心で一歩一歩消化して行くことによって精神的にたくましくなっていく、と私は考えています。特に負けたときにどのように心を整理するのか。子供自身で消化させるのが難しければ親御さんと乗り越えるのもよいでしょう。そうした心の強さは、EQの高さの基本になるものだと私は考えています。そのためにも「フェアに競争させる」ことを重要視しています。